信仰体験

〈信仰体験 スマイル 自分らしく〉 私の悩み・・・ 全身の皮膚病 未来の家族のカタチ 2018年8月14日

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〈信仰体験 スマイル 自分らしく〉 私の悩み・・・ 全身の皮膚病 未来の家族のカタチ 2018年8月14日
希望を捨てない強さを
皮膚病を患って、16年がたった。今では、病気をしていたことが信じられないほど、肌がきれいになった。14人の友人が、私の体験や確信に触れ、学会に入会した。一人でも多くの人に、信心で得た「希望の光」を届けたい。それが、夫と共に歩む、私の報恩の人生なんだ
皮膚病を患って、16年がたった。今では、病気をしていたことが信じられないほど、肌がきれいになった。14人の友人が、私の体験や確信に触れ、学会に入会した。一人でも多くの人に、信心で得た「希望の光」を届けたい。それが、夫と共に歩む、私の報恩の人生なんだ

 今、家族の多様化が進んでいる。この50年で核家族世帯は2倍増にとどまったが、単独世帯は10倍に拡大した。晩婚化や生涯未婚率の上昇……社会の変化の中で、より重要になるのは、自分らしい選択肢を取る強い生き方と、互いを理解・尊重し合う心であろう。千葉県流山市の本村優美子さん(43)=駒木支部、地区婦人部長=は、母・秋山南美子さん(68)=愛知県東海市、支部副婦人部長=譲りの負けない信心で、全身の皮膚病を乗り越えて、2016年(平成28年)7月に結婚。今、夫・建輔さん(37)=男子地区副リーダー=と共に、未来の家族のカタチを思い描いている。

天井裏からひょっこり
 私の父は、心の優しい人だった。でも、全然働かないし、家族との約束も忘れちゃう。借金取りから逃げて、よく行方知れずになる。家の天井裏から「よっ!」と、ひょっこり顔を出してきたこともあった。
 母は苦労を重ねた。看護師として働き、父の借金を返した。何度も、おえつしながら祈っていた母の背中が忘れられない。
 小学4年の時、両親は離婚した。熊本の田舎町。6畳一間のトタン小屋で、母・弟と暮らした。
 母が夜勤の日、団らんは、夕方のわずかな時間だけ。少しでも役に立ちたくて、夕飯の支度を手伝った。母に「助かったよ」って言ってもらえることが、何よりうれしかった。
 母のいない夜は不安で、なかなか寝付けない。小さなお布団で、弟と体を寄せ合った。カセットテープから流れる「西遊記」の物語が、寂しさを少しだけ埋めてくれた。

「怪物」を見るような目
 短大を卒業して、建設会社に就職した。苦労にも笑顔を絶やさない母のようになりたくて、仕事も学会活動も頑張ってきた。
 でも、02年8月、27歳の時に入院した。「急性苔癬状痘瘡状粃糠疹」。全身の皮膚が壊死していく原因不明の病だった。医師は「全国でも非常にまれな症例です。治ってもこうなります」と、やけど痕のような皮膚が体中に広がっている写真を見せてくれた。全身の力が抜けた。結婚はできないかもしれない。それどころか、外に出られるのか……。
 入院してから、顔から足の爪先までの皮膚が化膿し、かさぶたになって肉ごと剝がれていった。体は真っ黒になった。お見舞いに来てくれた人の顔がこわばっている。廊下を歩けば、まるで“怪物”を見るような視線が突き刺さる。弟は「お姉ちゃんがジロジロ見られて、おれ悔しいよ」って。どんな励ましも私の耳には届かなかった。ただただ泣いた。御本尊様も見られなかった。
 そんなある日、母に言われたことがある。「池田先生だったら、どうされるかを考えてみなさい」
 ハッとした。“先生なら、きっと希望を捨てない……”
 心配してくれる学会の先輩や女子部の仲間のことを思い出した。すぐに感謝を伝えたい。はがきをたくさん買って、ペンを握った。
 〈必ず治して、会いに行きます〉。気付いたら、そう書いてた。
 その夜、背中に薬を塗ってくれていた看護師さんに聞かれた。「失礼なことを聞きますが、どうして笑顔でいられるんですか?」って。
 自分でも気付いてなかったけど、私、笑えてたんだ……。病気になんか負けない。胸を張って答えた。
 「私、創価学会なんです」

諦めかけた結婚 お母さんの涙
 病院のベッドの上。夢中で池田先生の本を読んだ。『 方便品・寿量品講義』に「強い人は、障害さえも生かす」とあった。
 そうだ。強ければ、どんな状況からでも活路を開ける。皮膚が元通りになってもならなくても、私には「生きる喜び」を届けたい人がいる。気付くと、同志に送ったはがきは、500枚を超えていた。入院から2カ月後、背中に薬を塗ってくれた看護師さんが学会に入会した。
 不思議にも、その日から、私の病気の進行が止まった。治療が進み、皮膚がよみがえっていった。
 医師は驚いていた。「今後、患者さんの希望になるので、写真を撮らせてほしい」と言ってくれた。
 その後も、適応障がいを患うなど病との闘いは続いた。年齢も40歳を過ぎ、結婚も諦めかけていた。
 でも、一昨年の7月、縁あって、結婚することができた。夫は、祈った通りの人。私の過去や病気、思いの全てを受け止めてくれた。
 母に報告したら、私の手を握ったまま体を震わせて泣いてた。絞り出すような声で「良かったね。おめでとう」と祝福してくれた。
 だけど、私には心配事があった。
 年齢や体調のことを考えると、子どもを授かることは、できないかもしれない。そんな私の心を軽くしてくれたのは、夫だった。「僕は優美ちゃんと一緒にいられれば、それだけで十分、幸せだよ」って。お義母さんも日頃から、「夫婦二人、ずっと仲良くいてくれることが、私の幸せよ」と言ってくださる。
 尽きることのない感謝の思い。これから精いっぱい、夫婦で親孝行していきたい。9年前に亡くなったお義父さんの分まで、お義母さんを愛し、大切にしていこう。 

自分の欠点は「欠かせない点」
 結婚して2年がたった。夫は、システムエンジニア。毎日帰るのは、だいたい終電。その中でも、座談会の企画に携わったり、牙城会の任務に就いたりと頑張っている。
 夫はこの2年で、職場で2階級昇進して、6月には社内の代表でアメリカ研修に派遣された。夫が評価されると、自分が褒められているようで、うれしくなる。
 私は地域で、読み聞かせグループのボランティアを立ち上げた。ヤング・ミセスのママや近所の友人を招いて、月1回、開催してる。先日は14組の親子が参加してくれた。
 絵本を読む時、思い出す場面がある。幼い頃、お布団の中で聞いた「西遊記」。物語を聞くことで、どれだけの安心感を得られるか。
 私は育児をしたことがないから、若いお母さんの悩みに答えることは難しいかもしれない。でも、子どもの時の経験を思い出して、寄り添うことはできる。
 苦労の多い自分を、欠点だらけの人間だと思っていた。でも、今は、その欠点を、自分らしくあるための「欠かせない点」だと思える。
 夫と私。これから、子どもを授かるかもしれないし、二人っきりで生きていくかもしれない。どんな道を進むにしても不安はない。私たちには信心がある。そして、池田先生という人生の師匠がいる。
 いくつもの岐路に立たされることもあるだろう。その時は、夫と祈って進む道を決める。その先に、私らしい笑顔が輝くと信じて――。

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