地域別指導

万葉の都に勝利の春を 〈勇気の旗高く〉 池田先生と奈良 2019年6月17日

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〈勇気の旗高く〉 池田先生と奈良 2019年6月17日
万葉の都に勝利の春を

 池田先生が各地の友に寄せたスピーチや指針などを紹介する「勇気の旗高く」。今回は奈良県を掲載する。

仏教の淵源の地

 万葉の古都・奈良。池田先生は、「奈良は、我が国における仏教の淵源の地であり、その意味からも、正法を永久的に打ち立てるべき重要な拠点である」と指摘する。
 先生が初めて奈良を訪れたのは、小学校の修学旅行だった。2度目は1956年(昭和31年)、「大阪の戦い」のさなか、青年たちと奈良の若草山に登っている。その時の模様を、先生は随筆につづった。
  
 一九五六年(昭和三十一年)の四月二日のことである。あの大阪の法戦に奔走するなかにつくった、一時の“忙中の閑”であった。わずか二十分ほどであったが、青年と共に花と緑の絨毯に横になり、春霞の大空を見つめながら、呼吸した。
 さらに、その五年後、堂々たる創価の宣言となった、奈良支部の結成大会も、若葉のまばゆい五月であった。
 こうしたことから、私には、奈良といえば、「春」の印象が強いようである。
  
 若草山は、毎年一月十五日(現在は1月の第4土曜日)に山焼きが行われ、寒風のもと、一面の焼け野となる。
 しかし、春が来ると、全山、生き返ったかのように、若芽が伸び、見る見る鮮やかな若草色に染め上げられていく。
 まさに、「妙とは蘇生の義」(御書947ページ)の法理を証明するかのごとく。
   
 宿命の氷壁に閉ざされたかのような冬の人生も、わが心の空に太陽が昇る限り、冷酷な壁をとかすことができる。誰でも、わが「人生の春」「幸福の春」を勝ち取り、謳歌する権利がある。そのために宗教があり、信仰があるのだ。

「声」を武器に

 1997年5月20日、池田先生は前年に開館した奈良国際友好会館へ。館内には奈良広布の歩みを紹介するパネルが展示されていた。
 先生の指揮で童謡「春が来た」を合唱した奈良の幹部会(69年9月)。高熱を押して先生が出席した奈良本部での指導会(同年12月)。先生と6500人の同志の記念撮影(72年11月)。第1回奈良青年平和文化祭(85年4月)――一つ一つのパネルを丹念に観賞した先生は、「懐かしいね」「戦ってきた人を私は絶対、忘れない」と語った。
 2日後の22日、同会館で行われた奈良代表者会議。先生は「今こそ、“理想の奈良”を、皆さまの力でつくってほしい」と期待しつつ、リーダーの在り方を指導した。
  
 「仏法は勝負」である。人生も、健康も、仕事も、全部、「勝負」である。「戦い」である。
 「戦」という字は、もともと「戰」と書く。中に、「口」という字が二つある。
 口を使って、戦うのである。ミサイルのごとく、語りに語り、声を武器に戦うのである。指導者が、どう口を使うか。指導者に、どんな迫力があるか。どう鋭く頭を使うか。それで、すべて決まる。
 「声仏事を為す」(御書708ページ)である。言うべきことを、きちんと言い切っていかなければ、後輩が苦しむ。会員が、かわいそうである。「真実」を明快にしゃべれない幹部は臆病者である。
 リーダーは、皆が安心して前進できるよう、温かい配慮をお願いしたい。
 心豊かに、後輩を大切にし、たたえ、伸び伸びと活躍できるようにしてあげてほしい。会員を叱ったり、命令する資格などない。そんな時代ではない。
 自分自身が人格を磨き、皆に「安心」を与え、皆の「力」を引き出せる幹部に成長するべきである。
  
 「友には優しく」。そして「悪に怒りの炎を」と言い残しておきたい。
 仏敵との戦いには、火を吐くような「怒り」がなければならない。口先だけ、格好だけで魔に勝てるわけがない。そんな意気地なしは、学会の幹部にはいらない。
 必要なのは「戦おう!」という気概である。師子王の心である。その心をもった人間が、最後には勝つ。

御書根本の前進

 先生はまた、恩師・戸田先生が、青年リーダーに対して「疲れ切った時にこそ、御書を拝読していけ!」と語り、行き詰まりを打破するよう訴えたことを紹介。御書根本の前進の重要性を強調した。
  
 私も、若き日より、奈良の地涌の友と、いつも御書を一緒に拝しながら戦ってきた。
 たとえば、「各各我が弟子となのらん人人は一人もをく(臆)しをもはるべからず」(910ページ)――おのおの日蓮の弟子と名乗る人々は、一人も臆する心を起こしてはならない。
 また、「種種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし」(232ページ)――さまざまな大難が起ころうとも、智者に日蓮の立てる義が破られないかぎり、(迫害者の言に)したがうことはない。そのほかの(教義を破られる以外の)大難は、風の前の塵である――と。
 どちらも、奈良の同志とともに心肝に染めてきた御聖訓である。私は、この御書の通り、何ものも恐れぬ「勇気の信心」で、奈良が進んでほしいのである。
  
 妙法の功徳は「煩悩即菩提」である。
 妙法流布に戦っていけば、「悩み」は全部「幸福」に変わる。「疲れ」は「元気」に変わる。「貧乏」は「裕福」に変わる。
 これが「妙法」である。「不可思議の法」である。
 しかも、妙法の功徳は永遠である。「永遠の希望」であり、「永遠の光」であり、「永遠の力」である。
 この一生で仏の境涯を固めれば、生々世々、永遠にわたって、自由自在の境涯に生まれる。頭もよく、姿もよく、お金もあり、人にも尊敬され、人をも自在に救っていける「最高峰の人生」となるのである。
  
 詩情と歴史薫る奈良の天地を「私の心の憧れ」とたたえる池田先生。その地で奮闘する友への万感の思いを、随筆につづった。
  
 我らの万葉の緑野は、地涌の菩薩が敢然と躍り出る、新しき民衆の文化の大地である。
 そして、「人間讃歌」の平和の世紀へ、新しき旅立ちの天地である。そこでは、嵐に打ち勝った勇者の凱歌が、常に響いている。
  
 この地から新時代の「友情のシルクロード」をと、壮麗なる奈良国際友好会館も、歴史の都に、平和と文化の宝光を放っている。
 さあ、同志よ! 民衆の心と心を結びながら、人間勝利の「ルネサンスの春」を!
 明るい、明るい空が、創価の「永遠の都」の上に、晴れ晴れと広がっている。

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