三沢カツ子の家は、伊勢と関西を結ぶ街道沿いにあり、かつて一帯は宿場で、三沢家も旅館を営んでいたという。
彼女は、午前中、「もし、よろしければ、お宅におじゃまさせていただきます」との山本伸一からの伝言を受けていた。
三沢の家の中には、文化合唱祭で使用した備品があふれていた。急いで大きな荷物だけは片付けたところへ、伸一たちが到着した。
玄関で出迎えたカツ子と夫の光也は、少し緊張しているようであった。
伸一は、夫妻に笑みを向け、光也と握手を交わした。
「今日は、御礼に伺いました。いつも婦人部がお世話になっております。ありがとうございます」
伸一たちは、仏間に案内された。部屋には、鴨居の上に、羽織姿の遺影が飾られていた。
光也の亡くなった父親であるという。
それを聞くと、伸一は言った。
「では、お父様の追善の勤行をしましょう」
厳かに勤行が始まった。
彼の訪問を聞いた近隣の学会員も、次々と集まってきた。仏間の隣の部屋は、人で埋まっていった。
勤行を終えた伸一は、皆に語った。
「せっかく皆さんがおいでくださったんですから、今日は座談会にしましょう」
皆が歓声をあげた。
光也は、追善の勤行のお礼を述べたあと、近所に住む、カツ子の母親の波多光子を紹介した。
「実は、私たち夫婦が信心するようになったのも、この義母のおかげなんです」
「初めまして、山本です。あなたが、地域広布にどれほど尽力されてきたかは、よく伺っています。お会いできて光栄です」
一家一族に、地域の人びとに、仏法を弘め抜いてきた功労者である。伸一は、立って仏を迎える思いで、深く頭を下げた。
弘教の実践者に最大の敬意を表するのが、仏法者の生き方である。