「穴が開いた容器で水を汲もうと思って奮闘しても、水が汲めない」激闘13 小説「新・人間革命」27巻

金田都留子は、山本伸一から、「福運」という言葉を聞いた時、亡くなった兄のことを思い起こした。
兄は、東京物理学校(現在の東京理科大学)に学び、成績優秀で、家族の期
待を一身に担っていた。
両親は病弱であり、一家の暮らしは貧しかった。この兄を支えようと、姉も都留子も進学をあきらめ、働きに出た。
ところが、その兄が、卒業直前に結核に倒れた。喀血を繰り返し、五年間の療養生活の末に、二十八歳で他界したのだ。
死を前にして、兄は母に語っていた。
「人生って、なんて不公平なんだろう。若くして死ぬなら、生まれてこない方がよかった。
でも、そこにも、何か深い意味があるのかもしれない。
それを教えてくれる、人生をよりよく生きるための、正しい宗教があるように思う。それを探してほしい」
伸一は話を終えると、参加者から質問を受けた。
金田は、兄のことを語り、こう尋ねた。
「兄の言うような、正しい宗教が本当にあるのでしょうか。私には、人生も社会も不公
平だし、正直者が損をするのが、この世の中であるとしか思えません」
伸一は、大きく頷き、笑顔を向けた。
「そうですか。お兄さんは、最期まで、この日蓮大聖人の正法を探し求めていたんですよ。
ご冥福を祈ってあげてください。南無妙法蓮華経とお題目を唱えれば、全宇宙に、その力は波動していきます。
あなたも、ご苦労されたんですね。しかし、人間は、幸福になるために生まれてきたんですよ。
仏法によって、必ず幸せになれるんです。あきらめてはいけません。
一緒に信心なさいませんか。人生には、幸福になるための軌道があるんです。
それが大聖人の仏法です。正しい人生の軌道に乗ったうえでの苦労は、すべて実を結びます。
しかし、根本の軌道が誤っていれば、苦労も実りません。
穴が開いた容器で水を汲もうと思って奮闘しても、水が汲めないのと同じです」