『水すめば月うつる』-清らかな信心 激闘17 小説「新・人間革命」27巻
2014.04.09投稿
山本伸一は、車中、金田都留子たちに、「日厳尼御前御返事」を講義し始めた。
「ここで、『叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず』(御書一二六二p)と大聖人が仰せのように、願いが叶うか叶わないかは、ひとえに自身の信心の厚薄にかかっているんです。
そして、『水すめば月うつる』(同)と言われている。
澄んで静かな水には、月が美しく映りますが、水が濁って波立っていれば、月は映りません。
清らかで強い信心の人は、澄んで静かな水が、くっきりと月を映し出すように、大功徳を受けていくことができます。
しかし、弱い信心の人は、波立って濁った水のようなものです。
月を美しく映すことはできず、功徳に浴することはできません。
したがって、どこまでも清らかで、潔い信心を貫いていくことが大事なんです。
これから先、人生にも、学会にも、さまざまな試練の嵐が待ち受けているでしょう。
でも、何があろうが、学会から離れず、清らかな信心を貫き通していってください。
そうすれば、必ず大勝利の人生を生き抜くことができます。
「私は、誰よりも幸せだった。最高の人生だった」と、胸を張って言い切れる人生を送れます」
金田の心には、「清らかな信心」という言葉が、深く刻まれていった。
それは、彼女の生涯の指針となっていくのである。
また、車中で一生懸命に御書を講義する伸一の振る舞いから、彼女は、リーダーの在り方を学んだのである。
「山本支部長代理は、青年部の室長も兼務されている。激闘を重ねていらっしゃるだけに、車内では、ゆっくりと体を休めたかったにちがいない。
しかし、この時を逃すまいとするかのように、私たちのために、ずっと講義をしてくださった。
友のために、全精魂を尽くし抜いていくのがリーダーなんだ。
私も、そうしていこう。それが、ご期待にお応えする道ではないか……」